2019年10月12日(土)
主張
ノーベル化学賞
脱炭素社会への扉を開く成果
今年のノーベル化学賞は、リチウムイオン電池の開発に貢献した、吉野彰・旭化成名誉フェローと、米ニューヨーク州立大学のスタンリー・ウィッティンガム博士、米テキサス大学のジョン・グッドイナフ博士の3氏に贈られることが決まりました。
独創を生み出す基礎研究
リチウムイオン電池は、充電可能な2次電池です。小型・軽量、長寿命で、何百回も充電を繰り返すことができます。そのため、世界中の携帯電話、スマートフォン、ノートパソコンなどの無線電子機器の電源として、広く活用されています。電気自動車への電力供給や再生可能エネルギーの蓄電池としても活用され、化石燃料に頼らない世界を可能にする条件を作り出しました。
地球温暖化という人類の死活的課題の克服につながる偉大な成果です。
リチウムイオン電池の開発は、化石燃料に頼らない世界をつくるという人類的課題への挑戦として、50年前から始まりました。
世界でガソリン車が急増し、排ガスによる大気汚染が大問題となり、電気自動車と代替エネルギーの開発が課題となりました。
これに挑んだウィッティンガム氏は、元素としてはヘリウムに次いで軽く、最も勢いよく電子を放出するリチウムを活用して、小型・軽量でも起電力のある電池の開発に成功しました。
グッドイナフ氏は、電池の正極にコバルト酸リチウムを使うことで、起電力の倍加を実現しました。
吉野氏は当初、ノーベル化学賞受賞の白川英樹氏が発見した電気を通すポリアセチレンを負極に使ってポータブルな2次電池を開発しようとしました。しかし、対となる正極の材料が見つからず、行き詰まったときに、グットイナフ氏が開発したコバルト酸リチウムと出合いました。試行錯誤の末、正極にコバルト酸リチウム、負極に特殊な炭素素材を活用するリチウムイオン電池の原型を完成させました。
この研究は1980年代のものです。当時の大企業は、基礎研究に力を入れていましたが、それを担っていた企業の研究所が相次いで閉鎖され、独創的な研究を続ける環境が失われつつあります。
吉野氏は受賞後に出演したテレビ番組の中で、「基礎研究は10個に1個当たればいい」「90%は無駄な研究をしないとその一つが出てこない。無駄をなくすとゼロになる」とのべて、日本の基礎研究に対する危機感を語りました。
いま、日本では、政府が、研究資金の獲得競争をあおり、成果主義をまん延させているために、基礎研究の土台が崩れてきています。基礎研究に光をあて、抜本的に支援を強める政策に転換することが急務です。
技術を生かす政策こそ
地球温暖化を食い止めるためには、技術だけでなく、それを生かす政策が必要です。
温室効果ガスの削減目標を引き上げようとせず、石炭火力発電への依存を続けていては、脱炭素社会への扉を開いた科学者の成果を全面的に生かせません。
高い目標をかかげ、再生可能エネルギーの飛躍的普及を進めるなど、具体的な対策を強化することを、日本をはじめ各国政府に強く求めます。