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2020年1月4日(土)

被爆者・市長・地域の57団体

核兵器廃絶へ共同

兵庫・原水爆禁止西宮市協議会

草の根署名 広げる

 被爆者が、核兵器廃絶を呼びかけた「ヒバクシャ国際署名」。ことし10月が国連への提出期限です。被爆者たちの悲願である核兵器のない世界に向けて、幅広い立場の人たちが草の根で署名運動を広げているところがあります。兵庫県西宮市にある原水爆禁止西宮市協議会です。(加來恵子)


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(写真)西宮市役所前の平和非核都市宣言の碑を前に核兵器廃絶に向けてより多くの署名を集めようと決意する(左から)被爆者の安田さん、武居さんと日本共産党の松尾正秀市議

 原水爆禁止西宮市協議会には、原爆被害者の会、子ども会協議会、PTA協議会、民生委員・児童委員会、市議会会派、助産師会、消防団など地域の57団体が参加しています。会長は加入団体のひとつである西宮市国際交流協会名誉理事長の石井登志郎市長です。市長は「無差別に大量殺りくする核兵器はなくさなければならない」と語ります。

世界大会NYへ

 西宮市協議会では、署名をはじめ、原爆展で被爆の実相を伝えたり、被爆者援護などの活動を行っています。毎年、8月に親子広島バスツアーを企画。2019年には小学4年生から中学3年生までの親子20組44人が参加しました。これには原爆被爆者の会の会長が同行しました。

 西宮市協議会は、「ヒバクシャ国際署名」と同じ内容の「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」と平和首長会議が取り組む「『核兵器禁止条約』の早期締結を求める署名」用紙を市民に配り、これまでに、それぞれ8834人と8635人から集めています。

 広島で被爆した西宮市原爆被害者の会の武居勝敏会長(74)は「核兵器は人類とは共存できないし、核兵器で脅し合って平和を保つことなどできない。こんな愚かなことはない」と語ります。その強い思いからひとりでも多くの人に「ヒバクシャ国際署名」を広げ、ニューヨークで開かれる原水爆禁止世界大会に自ら持っていく、と意欲的に署名に取り組んでいます。

 兵庫県原爆被害者団体協議会の署名用紙には、県知事をはじめ、県内41自治体のうち40人の首長が署名しており、そのうち18人の顔写真が掲載されています。

体験語りながら

 武居さんは1945年4月、母親が兄を連れ疎開した島根県の親戚の家で生まれました。父親と13歳年上の姉は広島市内に住んでいました。8月5日、父親が出張していたため、広島女学院に通っていた姉は家に一人きりでした。空襲警報におびえ、防空壕(ごう)に避難したり、解除されれば自宅に戻ったりしました。

 6日午前7時30分ごろ、空襲警報が解除されましたが、眠れぬ夜を過ごしたため、壕の中で眠ってしまいました。「このとき眠っていなければ、姉は爆心地近くの建物疎開に行き、命を落としていたと思います」と武居さん。午前8時15分、家に戻っていた姉は、爆音に気づき窓からB29を見上げました。首を引っ込めた瞬間、ピカッと閃光(せんこう)が走り、強烈な爆風で崩れた屋根の下敷きになり、記憶を失いました。

 姉は頭蓋骨を裂傷。止血し、下着一枚、素足で歩き、山のすそ野にたどり着きました。そこは、腕に皮膚をたらした「黒い人」の群れでいっぱいでした。そんななか、夕方になって、出張から戻った父親は姉を奇跡的に見つけ出すことができました。その10日後、家族5人は広島で再会しました。

 武居さんは、この体験を友人知人に語り、「ヒバクシャ国際署名」を広げています。

ヒバクシャ署名 手から手に

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(写真)「焼き場に立つ少年」の写真を手にする中島芙美子さん

 昨年11月に来日したローマ教皇を紹介するテレビ番組を見て、「核兵器をなくすために私もできることをやらないと」と武居さんに電話をしたのは、美容院を経営する中島芙美子さん(72)です。

 教皇が、「焼き場に立つ少年」の写真を世界に広げてくれていることに心打たれ、「孫やひ孫に平和を手渡すのが自分たちの役目だと思っています。ヒバクシャ国際署名を持ってきてほしい」と武居さんに涙ながらに話しました。

 店には「焼き場に立つ少年」の写真と署名用紙が置かれています。お客さんに「署名して」と気軽に声をかけ、300人以上が署名に応じてくれました。

 被爆者の会の安田頼子さん(75)は、健康維持のためにプールに泳ぎに行っていました。そこで知り合った人に被爆者であることを語り、署名をお願いしました。さらに自治会や友人にもお願いし、800人以上から署名を集めています。

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(写真)西宮市協議会が作った平和グッズ

 街頭で署名を呼びかけるときに「あなたたちの将来のことだよ」と語りかけると高校生や中学生が反応してくれるといいます。「自分のこととして受け止めてくれることが大事なことだと思います」

 武居さんは話します。「この署名は手から手に手渡されています。目の前に危険な状態があることがわかっているのに、何もしないのは犯罪です。その危険を知らせるのが僕たち被爆者の役目です。ことしは初めて世界大会が核保有国アメリカで開かれます。日本の核兵器廃絶を求める世論を知らせるためにも多くの署名を集めたい」と語りました。

平和探求する心 育もう

原水爆禁止西宮市協議会会長 石井登志郎市長

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 1945年、広島、長崎に原爆が投下されました。西宮市も大空襲があり、多くの人びとが亡くなりました。

 小説や映画「火垂(ほた)るの墓」のモデルにもなった西宮では、空襲や戦争を体験された方々や、広島・長崎の被爆者の方々が「語り部」となり活動しています。そうした方々が伝える「平和の火だね」がこの西宮にはあります。

 また、西宮市は平和非核都市宣言を行い、毎年「原爆展」を開催しております。本展は市民や子供たちに、平和を考えるきっかけを促す重要な役割を果たしております。

 核兵器は廃絶しなければなりませんが、核兵器を廃絶すれば終わりではありません。大切なことは、平和を探求する心を育むことであると思います。


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