2021年10月12日(火)
岸田首相 「核なき世界」いうが廃絶逆行の言動数々
核禁条約参加を否定
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岸田文雄首相は、就任後の記者会見(4日)で「外務大臣時代から、核兵器のない世界を目指し、ライフワークとして取り組んできた」と述べ、「被爆地広島出身の総理大臣」を誇張し核廃絶へ全力を尽くすと述べています。しかし実態は安倍政権下、外相として核保有国を代弁し、被爆者の願いを踏みにじってきました。
岸田氏は2014年1月、長崎で行われた「核軍縮・不拡散スピーチ」の中で、「核兵器の使用を個別的・集団的自衛権に基づく極限の状況に限定する」ことを核保有国が宣言すべきと主張。しかし、米国はこれまでベトナムやアフガニスタンへの侵略戦争を集団的・個別的自衛権の行使として実行しています。岸田氏の表明は「限定」どころか、幅広い事態で米国の核使用を容認するものです。
核の持ち込みも
同年2月、衆院予算委員会で、将来の「緊急事態」に際し、米国から核兵器の持ち込みの要請があった場合を問われた岸田氏は、民主党政権時の岡田克也外相の「その時の政権が判断すべきことで、今、将来にわたって縛ることはできない」とする見解を現政権も引き継いでいると表明。「核兵器を作らず、持たず、持ち込ませず」の非核三原則をないがしろにし、時の政権の判断で米軍の核持ち込みを容認する姿勢を示していました。
2017年7月7日。国連で122カ国の賛成多数で採択された、歴史上初めて核兵器を違法とする核兵器禁止条約。岸田氏はこれに先立つ3月28日の記者会見で「『核兵器のない世界』に対して現実に資さないのみならず、核保有国と非保有国の対立を深めるという意味で逆効果になりかねない」と表明し、同条約を全面否定しました。
岸田氏は首相就任後の8日の所信表明演説でも、「核兵器のない世界」を標ぼうしながら、核禁条約に一言もふれませんでした。
「核抑止」に固執
岸田氏の姿勢の根底にあるのは、「核抑止」への固執です。米国の「核の傘」の信頼性をより高め、いざという時に米国が核で日本を守る、という保障を得るため、「日米拡大抑止協議」を現在の実務レベルから政治レベルまで高めることまで提案しています。
核兵器禁止条約は、核兵器を全面的に禁止し、人類の英知が生んだ歴史的・画期的な条約です。条約発効の背景には、壮絶な被爆の体験を語り続けたことにより、核兵器の「非人道性」を国際社会が認識することに貢献した被爆者の長年の功績があります。「被爆地広島の首相」を語りながら、被爆者が訴える同条約への参加を拒むことは許されません。(石橋さくら)