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2025年3月29日(土)

強制集団死80年で追悼

沖縄・渡嘉敷島 「平和を保たねば」

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(写真)「白玉之塔」に千羽鶴を手向ける小中学生たち=28日、沖縄県渡嘉敷村

 太平洋戦争末期の沖縄戦で、米軍が80年前に沖縄・渡嘉敷(とかしき)島へ上陸したのに伴い、追い詰められた住民の「強制集団死(集団自決)」が起きた28日、渡嘉敷村主催の「慰霊祭」が開かれました。

 1945年3月27日に米軍は島へ上陸。翌28日、住民は日本軍の軍命で同島北部の北山(にしやま)に集められ、強制集団死に追い込まれました。配布された手りゅう弾やカミソリなどで命を絶ち、330人が犠牲になったとされます。

 遺族や住民が花を手に集まり、「白玉之塔」に刻まれた犠牲者の名前に手を当てて死を悼みました。式典では地元の小中学生が千羽鶴を手向け、「自分と違った人を受け入れよう。今日の幸福、希望ある明日、二度とあの悲しみを繰り返さぬために」と誓いの言葉を述べました。

 生存者の大城静子さん(91)は11歳の当時、一家に配られていた手りゅう弾が爆発せず、家族や親戚をありあわせの棒で殴り殺す凄惨(せいさん)な現場に居合わせながら、九死に一生を得たと回想。「家族が全滅し一人も残っていない」と涙を流しました。「おばあの代わりに伝えてほしい」と一緒に参列した孫の女子中学生に願いを託しました。

 遺族代表で献花した座間味昌茂さん(84)は、県内での基地強化の動きに「力で押さえつけ、今のやり方は中国を侵略した頃と似ている」と危機感をにじませます。「沖縄ほど平和の活動をしてきた県はない。『慰霊祭』のような機会があれば戦争を知らない次世代の理解も深まる。一人ひとりが固まりとなって平和を保たねば」と話しました。


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