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2000年4月14日「しんぶん赤旗」
【解説】(1)この秘密取り決め全文は、米国「国立公文書館」の「米陸軍参謀部資料」のなかの「琉球列島米国民政府の歴史」と題された文書群に収められていた公文書「V 日本と琉球諸島における合衆国の基地権の比較」に記載されていたものである。この文書群そのものには、さまざまな時期の文書がまとめられているが、この公文書は、一九六六年九月〜十二月に、国務省と国防総省国際安全保障担当が共同して作成し、一九六六年末に米政府の省庁間高官会議(SIG)に提出した報告書「沖縄基地研究」の一部をなすものである。この研究の目的は、沖縄の施政権返還にそなえて、その場合、アメリカの軍事活動がどのような影響をうけるかを分析するところにあった。
(2)さきに提出した〔資料2〕(一九六〇年一月六日にマッカーサー駐日大使が米国務長官あてに送った電報)で、マッカーサー大使と日本の藤山外相が、同日、三つの秘密取り決めに署名しあったことが、次のように明らかにされていた。
「藤山氏と私は本日、以下のそれぞれについて、二つの英文の原本に頭文字署名し、取り交わした。
・協議方式に関する討論記録(二つの原本は『秘』指定され、日本が保持する複写は後で『厳秘』指定されることになっている)。
・〔地位協定〕第三条および第一八条第4項にかんする合意覚書(日本が保持する複写は『秘』指定され、われわれが保持する複写は『部外秘』指定)。
・安全保障協議委員会第一回会合のための覚書(アチソン・吉田)(二つの複写とも『極秘』指定。日本が保持する複写は後で『厳秘』指定されることになっている)。
アメリカ政府が保持する頭文字署名された三つの原本は、それぞれ二通の複写とともに、われわれの永久記録のため、国務省北東アジア部あてに送られる」。
今回提供する「討論記録」は、マッカーサー電報が報告している三つの秘密取り決めのうち、第一の取り決めに該当するものである。
また、〔資料7〕(一九六三年四月四日の、ライシャワー大使からラスク国務長官にあてた電報)は、ライシャワー大使が大平外相と「秘密の『討論記録』の2A項と2C項の英文テキスト」を検討しあった旨、報告しているが、今回の「討論記録」でも、核兵器に関連する条項は2A項と2C項であり、ライシャワー・大平会談で検討されたものも、この「討論記録」である。
(3)「討論記録」の日付は、一九五九年六月となっているが、これは、日米間でこの問題の交渉が決着した日付であって、調印の日付ではない。実際、マッカーサー大使は、一九五九年六月二十日に、新安保条約とともに、岸・ハーター交換公文についても、事前協議方式についての解釈を示す「討論記録」についても、岸首相および藤山外相の完全な同意をえたことを、国務長官に報告する電報を送っている。
そして、その「討論記録」に日米双方の代表が頭文字署名をし、公式の取り決めとしたのが、一九六〇年一月六日の藤山・マッカーサー会談だった。
(太字は編集局)
相互協力及び安全保障条約 討論記録(レコード・オブ・ディスカッション) 東京 一九五九年六月 一、条約第六条の実施にかんする交換公文案に言及された。その実効的内容は、次のとおりである。 「合衆国軍隊の日本国への配置における重要な変更、同軍隊の装備における重要な変更並びに日本国から行なわれる戦闘作戦行動(前記の条約第五条の規定に基づいて行なわれるものを除く。)のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用は、日本国政府との事前の協議の主題とする。」 二、同交換公文は、以下の諸点を考慮に入れ、かつ了解して作成された。 A「装備における重要な変更」は、核兵器及び中・長距離ミサイルの日本への持ち込み(イントロダクション)並びにそれらの兵器のための基地の建設を意味するものと解釈されるが、例えば、核物質部分をつけていない短距離ミサイルを含む非核兵器(ノン・ニュクリア・ウェポンズ)の持ち込みは、それに当たらない。 B「条約第五条の規定に基づいて行なわれるものを除く戦闘作戦行動」は、日本国以外の地域にたいして日本国から起こされる戦闘作戦行動を意味するものと解される。 C「事前協議」は、合衆国軍隊とその装備の日本への配置、合衆国軍用機の飛来(エントリー)、合衆国艦船の日本領海や港湾への立ち入り(エントリー)にかんする現行の手続きに影響を与えるものとは解されない。合衆国軍隊の日本への配置における重要な変更の場合を除く。 D交換公文のいかなる内容も、合衆国軍隊の部隊とその装備の日本からの移動(トランスファー)にかんし、「事前協議」を必要とするとは解釈されない。 |
【解説】(1)この文書は、〔資料10A〕の解説でのべたように、沖縄の施政権返還にそなえて、国務省と国防総省安全保障担当とが共同して作成した報告書である。施政権返還によって、沖縄が現行安保条約のもとに包括された場合、米軍の行動の自由がどれだけ制限されるかの検討が、中心主題とされている。それだけに、現行の安保条約のもとでの日米間の取り決めの内容が、公開の合意も秘密の取り決めもあわせて、詳細に研究の対象となっているが、そのなかでは、「秘密取り決め」の適用の範囲などの検討が、大きな比重をしめている。
その検討の結論は、軍用機や艦船の「立ち入り」が事前協議の対象外とされている以上、「琉球における現行の配置や慣行は、相互安全保障条約とその関連諸取り決めの『字義どおり』の適用によって影響を受けることはないであろう」ということだった。
(2)この文書の重要な意味は、秘密取り決めの全文が記載されていると同時に、アメリカ側がこの取り決めを必要としたそもそもの事情や、取り決めにいたる交渉の主な経過、取り決め後の日米交渉の経過などが、歴史を追って、詳細に叙述されている点にある。
(3)この文書は、かなりの長文なので、日本語訳は、核兵器と事前協議との関連にかかわる部分だけとし、原文は、全文を添付することとした。
(太字は編集局)
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V 日本と琉球諸島における合衆国の基地権の比較
A 序論
本報告書のこの部分の目的は、日本の施政下への琉球諸島の返還によって、日本にある米軍基地に現在適用されている諸協定、諸了解、諸手続きが琉球諸島に実施される場合、それらの協定が琉球諸島における合衆国の軍事活動におよぼす影響を分析することにある。
琉球諸島における施政権者として、合衆国は、いかなる国際協定による制約もうけずにこれら諸島の基地を使用している。合衆国の行動の自由は、日本と琉球諸島における政治的要素と世論の要素によってだけ制約され、また、ある限られた程度において、琉球諸島で制定された法的枠組みによって制約されている。他方、日本における米軍の部隊と施設の使用は、条約や行政協定、手続き了解によって規定されていて、一定の制約を課しているが、それにはとくに、一定の重要な状況下において日本政府との事前協議を必要としていることが含まれている。(以下略)
B 結論の要約
合衆国は、日本国との相互協力及び安全保障条約〔日米安保条約〕ならびに関連諸取り決めにおいて、日本の安全ならびに極東における国際の平和と安全の維持に寄与するため、陸軍、空軍、海軍による日本国内の施設と区域の使用が許されている。それらの諸取り決めは、米軍に、施設と区域の利用ならびに運用管理の広範な権利を保証している。基地は、日本にたいする武力攻撃、もしくは韓国駐留の国連軍にたいする武力攻撃のさいの戦闘作戦行動のために、また、極東における平和および安全の維持に寄与する合衆国のすべての作戦にたいする兵站支援のために、日本政府との事前協議なしに使用することができる。
日本における米軍基地の使用にかんして、意味をなす地理的制約はない。なぜなら、それらの基地が重要な寄与をなしうるほどの国際の平和および安全にたいする脅威ならば、ほぼ間違いなく極東における平和および安全をも脅かすからである。しかし、諸取り決めは、合衆国にたいし、以下の場合には事前に日本政府と協議することを求めている。(1)日本にたいする武力攻撃もしくは在韓国連軍にたいする武力攻撃の場合をのぞき、日本の外の領域にたいして日本から戦闘作戦行動をおこなう場合、(2)中距離弾道ミサイル(IRBM)を含む核兵器を、配置(エンプレイスメント)または貯蔵(ストーレジ)のために日本に持ち込む(イントロデュース)場合、または、それらの兵器のための基地を建設する場合、そして、(3)在日米軍の大規模な増強をおこなう場合。合衆国政府は、それらの事態において日本政府の意思に反して行動する意図のないことを保証している。
協議の義務は、戦闘地域への日本からの米軍部隊の移動(トランスファー)もしくは米軍部隊の日本通過(トランジット)には適用されない。また、それは、核兵器を積載する艦船の日本領海もしくは日本の港への立ち入り(エントリー)には、少なくともそれらの〔核〕兵器が確認されないかぎり、適用されないと解釈されてきている。さらに、協議は、現存の配置もしくは装備にかんしては必要とされておらず、したがって返還時に琉球諸島に設置されている中距離弾道ミサイル(IRBM)または貯蔵されている核兵器を維持しつづけることに、日本の同意は必要とされないだろう。東南アジアとか台湾海峡などの区域で敵対行動が起きた場合に、琉球の基地から戦闘作戦行動を開始するときは、日本の同意が必要になろう。しかし、この点での合衆国の行動の自由は、政治的配慮によってすでに制約をうけている。
日本との諸取り決めの一つの大きな問題点は、一九七〇年六月二十三日をもって、相互安全保障条約とそれに付随するすべての諸取り決めが、いずれか一方の締約国による一年の事前通告で終了の対象となるということである。しかし、この問題の重要性は、新たな存続期間にかんする取り決めをつくりあげられるかどうか、ならびに、日本の強力な反対に直面するもとで琉球の基地を実際に保持できるかどうかに照らして評価されなければならない。
実際問題として、日本の施政下への琉球諸島の返還にさいしての主要な問題は、日本との基地協定ではなく、日本政府が自己の権限下にある領域での合衆国の行動について説明責任をもつ立場に立たされるという事実から生まれることになる政治的制約である。合衆国は日本において、取り決めが要求しているのではない多くの制約を受け入れてきた。それには、原子力潜水艦の日本への寄港前の長期にわたる協議や、ポラリス型潜水艦の寄港の無期限延期が含まれている。日本において受け入れてきた制約のいくつかは、過去の慣例や特別の政治的いきさつから琉球諸島においては必要でないかもしれないが、日本の施政下では政治的環境が変化するであろうし、多くの新しい制約が予想されよう。
C 琉球諸島における合衆国の基地権(略)
D 米日諸取り決めの琉球諸島への適用
日本における合衆国の基地権は、一九六〇年一月十九日にワシントンで調印された相互協力及び安全保障条約〔日米安保条約〕ならびに相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定〔在日米軍地位協定〕にもとづき、それらによって律せられている。それには、それぞれ一つの合意議事録と、五つの交換公文が含まれ、それらは若干の手続き了解、ならびに交換公文の一つに含まれている協議取り決めにかんする一つの重要な秘密の解釈(一部は文書化され一部は口頭による)によって補足されている。
日本との諸取り決めと、それを琉球諸島に適用した場合の結果は、以下の表題のもとで項目別に検討されている。1.条約範囲。2.相互防衛。3.協議取り決め、(a)戦闘作戦行動、(b)日本への部隊の配置、(c)装備と設備(核兵器)。4.施設および区域、(a)現存する琉球の基地、(b)経費、(c)新しい基地区域の取得、(d)公益事業。5.施設および区域の利用。6.施設および区域の運営。7.治安。8.存続期間。
1. 条約範囲(略)
2. 相互防衛(略)
3. 協議取り決め
現実にはまだ発動されていないが、在日米軍基地の使用にたいするもっとも重要な制約は、いわゆる協議取り決めである。それは、一定の重要な事態における日本政府との事前の協議を、合衆国の行動の条件としている。協議取り決めは、公表された一つの交換公文と、秘密の討論記録と、核兵器にかんする文章の形をとらないもう一つの秘密了解からなっている。一九六〇年一月十九日付の交換公文は、以下のとおり規定している。
「合衆国軍隊の日本国への配置における重要な変更、同軍隊の装備における重要な変更並びに日本国から行なわれる戦闘作戦行動(前記の条約第五条の規定に基づいて行なわれるものを除く。)のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用は、日本国政府との事前の協議の主題とする。」
合衆国は、この取り決めについての一定の共通解釈を、秘密の交換公文として定式化することをのぞんだ。しかし、日本政府がいかなる秘密取り決めの存在も否定できるようにするために、これらの了解は、最終的には秘密の「討論記録」(レコード・オブ・ディスカッション)の形をとることになった。「討論記録」の全文は、以下のとおりである。
相互協力及び安全保障条約 討論記録(レコード・オブ・ディスカッション) 東京 一九五九年六月 (全文は前出資料10Aのとおり) |
事前協議の取り決めは、一九六〇年交渉における日本側の中心目標の一つであった。日本政府は、日本国民にたいし、合衆国政府が事前協議なしに、日本への核兵器の持ち込み(イントロデュース)をおこなわないし、日本から戦闘作戦行動を開始しないことを保証したいとのぞんだ。日本側は、実際には「事前協議」以上のものを要求した。すなわち、交換公文にいわれている事態における合衆国側の行動の必要条件として、両政府の「事前合意」に固執したかった。他方、合衆国側は、協議は「そのときの状況を考慮して」おこなわれると明記することによって、緊急時の行動について一定の自由を得ようとした。日本側は最終的に、交換公文の方式とともに、一九六〇年一月十九日の共同コミュニケでアイゼンハワー大統領が岸首相にたいし「同条約の下における事前協議にかかる事項については米国政府は日本国政府の意思に反して行動する意図のない」ことを公式に保証したことを受け入れた。
この合衆国の「意図」の保証は、日本の意思に合致した行動をする誓約とは表現されていないが、米日両国政府当局者はともに、これは誓約の効力をもつと解釈した。事実、ハーター国務長官は上院外交委員会で、その地域における合衆国の一定の軍事行動の前提条件として日本の同意が必要とされるであろう、と証言した。アイゼンハワーの保証は、その後の米政権によって再確認されてきている。現時点で合衆国が、協議とは決して合意を意味するものではなかったと主張するのは、困難であろう。
(a)戦闘作戦行動
(1)兵站/戦闘使用 交換公文と討論記録は、日本国以外の地域にたいし日本から起こされる「戦闘作戦行動」は、一般的に日本政府との事前協議の主題であるとしている。条約の交渉経過から分かることは、「戦闘作戦行動」ということばが、協議を必要としない「兵站支援〔のための〕使用」と対照区別して使われたことである。しかし、補給や情報収集を含むどの程度までの戦闘支援作戦行動を、事前協議の対象外にするつもりであったか明らかではない。日本側は、協議の必要条件を日本からの戦闘作戦行動の「直接発進」の場合に限定することになる合衆国側提案の言いまわしを受け入れず、在日米軍基地を「往復爆撃」の出撃拠点(ターミナル・ポイント)として使用する場合には協議を必要とするとの日本側の見解を提起した(原注1)。日本側の立場は、日本を交戦行為に関与させるいかなる行動も協議の後にのみ実施することができるというものだった。ただし、攻撃作戦中に能力を失うか故障した航空機の日本着陸の許可には、協議は不要とされた(原注2)。
柔軟性を保持するために、またそれ以上の厄介な問題が発生することを避けるために、合衆国は「戦闘作戦行動」の定義を明確にすることを故意に回避した。このために、明確でない領域が存在している。境界線(ボーダーライン)上の問題は、発生の都度、解決されなければならないだろう。もし琉球諸島が日本に返還されたら、たちまち懸念の種になるであろう一つの事態は、ベトナムの目標の爆撃に向かうグアム基地の爆撃機への空中給油に、嘉手納基地の空中給油機を使用する問題である。グアムからおこなわれる戦闘作戦行動の兵站支援のために嘉手納基地を使用することが、「日本国から行なわれる戦闘作戦行動」のための日本の施設・区域の使用を構成するとは、われわれは考えないだろう。しかし、日本政府がこの問題について別の見解をもつかもしれないし、日本政府がこうした作戦行動の責任を分担しないことは、われわれ双方にとっての利点である。
(2)日本または韓国にたいする攻撃 日本にたいする武力攻撃の場合には、事前協議なしで、戦闘作戦行動を含むあらゆる作戦行動が日本の基地からおこなわれる。交換公文は明確に、条約「第五条の規定に基づいて行なわれる」作戦行動を、事前協議の対象から除外している。同様の除外は、韓国の国連軍にたいする武力攻撃の場合にも適用される。一九五一年のアチソン国務長官と吉田外相の交換公文は、「極東における国際連合の行動に従事する」国連加盟国の軍隊を、日本が「日本国内及びその附近において支持することを許し且つ容易にする」とのべた。一九六〇年にアチソン・吉田合意は延長されて、国連が韓国に駐留する間は有効であるとされるとともに、〔米日〕両国政府は、安全保障協議委員会の準備会議の覚書(ミニット)という形で、秘密の了解取り決めをまとめた。これは、韓国駐留の国連軍にたいする武力攻撃の場合、「そのような武力攻撃への反撃として国連軍統一司令部のもとにある在日米軍がただちにおこなうことが必要とされる」戦闘作戦行動を、事前協議なしに発動してよいことを規定している。
(3)日本からの部隊の移動および航空機と艦船の通過(トランジット) 条約交渉は、一九五八年の台湾海峡の金門・馬祖事件を背景におこなわれたので、双方は、合衆国が在日基地から、または在日基地を通って、極東地域に軍隊を戦闘配置する必要が生じる可能性が存在することを、きわめて明確に認識していた。日本側は、日本の安全が脅かされていない事態でありながら、合衆国の在日基地使用から生じる敵対行為に、日本が巻き込まれるかもしれないことに懸念を抱いていた。日本側の考えでは、金門・馬祖事件はまさにそうした事態であった。このような理由で、日本政府との事前協議なしに日本から「戦闘作戦行動」をおこなわないよう、日本政府は主張した。合衆国政府は、在日基地から発動される「戦闘作戦行動」にかんして事前協議の原則を受け入れる用意はあったものの、日本から合衆国軍隊を撤退させる権利、ならびに共産中国の脅威や共産中国との実際の戦闘の場合に、合衆国軍増強のために航空機と艦船を沖縄や台湾、東南アジアに前進配置するための通過(トランジット)拠点として在日基地を使用する権利の確保をつよくのぞんだ(原注1)。この関連で、われわれは米第七艦隊艦船の機動性に特別の関心を抱いた。
秘密の「討論記録」には、日本からの米軍の合衆国への引き揚げ、または必要とされうる極東の他地域への移動を、事前協議なしにおこなうわれわれの権利を明確に留保する態度表明が含まれている。「交換公文のいかなる内容も、合衆国軍隊の部隊とその装備の日本からの移動(トランスファー)に関し、『事前協議』を必要とするとは解釈されない」。この文言はさらに、日本の国外の別の基地への移動を遂行したうえで、攻撃が日本から展開されていないことが明白であるなら、日本から戦闘地域への合衆国軍隊の移動(トランスファー)、ないしは直接の戦闘行動への移行さえも、事前協議なしにおこなうことを認めたものと解釈することができる。
「討論記録」はまた、「『事前協議』は、合衆国軍隊とその装備の日本への配置、合衆国軍用機の飛来(エントリー)、合衆国艦船の日本領海や港湾への立ち入り(エントリー)にかんする現行の手続きに影響を与えるものとは解されない。合衆国軍隊の日本への配置における重要な変更の場合を除く。」としている。ダグラス・マッカーサー二世大使は後に、この文言が、日本政府との事前協議なしに日本を通過する権利、または日本から臨時に部隊を配置する権利を保持しようと意図したものだったと回想している(原注2)。〔日米〕相互安全保障条約が交渉されていた時期に実際にとられていた手続きは、そのような協議を必要とはしていなかったし、日本政府もそのような場合に公式の協議は必要がないことに明らかに同意していた。ただし、そのような移動については、日本政府に秘密裏にずっと知らせていくことが了解されていた。
合衆国は、少なくとも二つの事例で、日本から危機地域に部隊を事前協議なしに移動させることができるとの前提にたって行動した。一九六二年、空軍部隊がタイに移動させられたが、明らかに日本政府との公式協議や同政府への事前通告はなかった。あとで起きた公然とした論議で、日本政府当局者は、合衆国の行動は条約にもとづく事前協議の主題ではなかったとのべた(原注1)ものの、内々に彼らは事前に知らされるべきだったと主張した。ライシャワー大使は、「合衆国としては、儀礼上も、常識上も、マスコミの報道が当然おこなわれるような重要な部隊移動のさいは、日本政府に事前に知らせたい」と認めた(原注2)。
一九六四年、事前協議なしに米航空部隊がベトナムに派遣された。この場合には、日本政府は非公式かつひそかにこの行動を事前に知らされていた。そのうえ、世間からなるべく注目を浴びないよう、航空部隊は夜間に基地を抜け出して要員の移動をおこなったうえ、戦闘地域への「直接」の移動を避けるため、航空機と要員はクラーク基地または第三国の米軍施設を経由して行くという警戒措置がとられた。
こうして、日本政府にとっての政治問題の重大化を避けるためには一定の対策が必要かもしれないが、日本政府との事前協議なしに日本から米軍部隊を戦闘区域に移動させる権利はかなりうまく確立されている。艦船にかんして、合衆国は、第七艦隊は海洋を拠点としているのであってその艦船は日本に配置されているのではないという立場を、一貫してとってきた。このため、協議の法的必要性はない。日本を通過して航空機を戦闘区域に派遣する権利は、「討論記録」ではそれほど明確ではない。しかし交渉のいきさつから見れば、合衆国は強い立場であり、そのような航空機は日本に配置されるのではなく、日本から戦闘作戦行動が起こされているという印象を与えないかぎり、協議は必要とされないと主張できよう。
要するに、相互安全保障条約の琉球諸島への適用は、東南アジアを含む若干の紛争地域における「戦闘作戦行動」のために琉球の基地を使用することに
かんし協議取り決めの制約をもたらすことになろう。しかし、安保条約は、韓国や、琉球を含む日本にたいする武力攻撃のさいに琉球の基地を戦闘作戦行動に使用することに制約を加えないし、それらの基地を兵站行動や他の非戦闘作戦のために使用することを妨げないだろう。さらに、多くの場合、合衆国は、琉球に駐留する部隊を事前協議なしに戦闘区域に配置することができるであろう。
現時点では、琉球諸島の米軍基地地域は、合衆国あるいは自由世界のあらゆる安全保障要求のために、原則として利用できる。しかし、実際には、政治的現実のために、われわれの琉球基地の使用には一定の重大な制約が加えられている。東南アジアにおける戦闘作戦行動のための琉球基地の使用にかんして合衆国が受け入れている現実の制約を考慮すれば、協議取り決めによって課される追加的な制約は、多くの場合、実際上の重要性をもたないであろう。
(b)日本への部隊の配置
合衆国にたいする「陸軍、空軍及び海軍」による日本の施設および区域の使用が認可されているので、合衆国が日本に軍隊を配置して、その施設および区域を使用することが認められている。地位協定第九条は、「合衆国は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族である者を日本国に入れることができる」と明確に定めている。米軍に属するものは、日本のパスポートとビザの関連法の適用を免除されている。しかし、合衆国は、「入国者及び出国者の数及び種別」を、日本政府に定期的に通報することに同意している。
米軍の日本への配置にかんする唯一の重要な法的制約は、協議取り決めである。それは、「合衆国軍隊の日本国への配置における重要な変更」は事前協議の主題とされると規定している。「討論記録」の説明は、日本への部隊の配置の「重要な変更」を定義するうえでは役立たないが、この取り決めが調印された一九六〇年一月十九日における兵力水準を超える在日米軍のどのような実質的な増強も、協議取り決めの対象となることは明白である。日本に駐留する部隊の交替配備や、小規模の兵力増強、あらゆる規模の撤退(全面撤退を含む)は除外されている。(以下略)
(c)装備と設備(核兵器)
日本との諸取り決めは、日本の安全に寄与し、あるいは極東における国際の平和および安全の維持に寄与するために必要な、いかなる形態の兵器を持ち込む(イントロデュース)ことも、また、いかなる形態の設備を建設することも合衆国に認めている。地位協定第三条は、「合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる。」と規定している。合意議事録は、これらの措置には、「この協定の目的を遂行するのに必要な限度において、……気象観測の体系、空中及び水上航行用の燈火、無線電話及び電波探知の装置並びに無線装置を含め、施設又は区域において、いずれの形態のものであるかを問わず、必要とされる又は適当な地上若しくは地下、空中又は水上若しくは水中の設備、兵器、物資、装置、船舶又は車両を構築し、設備し、維持し、及び使用する」権利が含まれることを詳しくのべている。
こうした幅広い権限を制限しているのは交換公文だけである。それは、日本における合衆国軍隊の装備における「重要な変更」は「日本国政府との事前の協議の主題とする」と規定している。秘密の「討論記録」は、このおおまかな言い回しの意味を次のように明らかにしている。「『装備における重要な変更』は、核兵器及び中・長距離ミサイルの日本への持ち込み(イントロダクション)並びにそれらの兵器のための基地の建設を意味するものと解釈されるが、例えば、核物質部分をつけていない短距離ミサイルを含む非核兵器(ノン・ニュクリア・ウェポンズ)の持ち込みは、それに当たらない」。日本側の目的は、核兵器の一方的な持ち込み(イントロダクション)を排除することであった。それには、その潜在的な核戦争遂行能力のゆえに、弾頭の型にかかわりなく、戦略ミサイルが含まれる。「重要な変更」にあたる可能性のある生物兵器の持ち込み(イントロダクション)を含め、すべての非核兵器(ノン・ニュクリア・ウェポンズ)は、協議取り決めの対象外であるが、おそらく合衆国は、そのような「重要な変更」がおこなわれる前に非公式に協議するだろう。
ミサイルにかんする妥協は合衆国にとって受け入れ可能なものだったが、われわれは、日本政府との事前協議なしに第七艦隊の艦船が日本の領海や港湾に入る権利を守ることに大きな関心を抱いた。合衆国の交渉担当者たちは、核兵器を積載している航空機や艦船がひきつづき協議なしに日本に入ることができる明示的な保証を獲得するよう強く求められたが、彼らは、核兵器が入ってくること(エントリー)について協議にあずかる権利をはっきりと放棄する文書に署名できるような日本の指導者はいない、と報告した。交渉担当者たちは、そうした要請をおこなうだけでも、従来の慣行を危険にさらすことになるのではないかと恐れた。艦船の装備はその艦船の不可欠の一部であり、艦船の訪問はその艦船の装備の日本への持ち込み(イントロダクション)にはあたらない、という理屈に依拠できるのではないか、と考えられた。さらに、合衆国は、第七艦隊の艦船は海上を拠点としているのであって、日本に持ち込まれている(イントロデュース)わけではないという立場を一貫してとってきている。そういうわけで、艦船と航空機に積載された核兵器の問題は、日本側との間で直接とりあげられたことはなかったし、どのような具体的了解にも達しなかった。(原注1)
しかし、日本側は、以下のとおりの「討論記録」の言い回しを受け入れた。
「『事前協議』は、合衆国軍隊とその装備の日本への配置、合衆国軍用機の飛来(エントリー)、合衆国艦船の日本領海や港湾への立ち入り(エントリー)にかんする現行の手続きに影響を与えるものとは解されない。合衆国軍隊の日本への配置における重要な変更の場合を除く。」
この段落は、核兵器の問題よりむしろ、極東で戦闘配置につくため部隊が日本を通過(トランジット)する問題を頭においたものだったが、この言い回しは、その点も十分包含するものとなっている。
核兵器積載の米艦船が日本の港湾に寄港する慣行は、一九六〇年以前に確立されたものであった。合衆国の条約交渉担当者たちは、日本のトップの政府関係者たちが米艦船によってときおり核兵器が日本の領海に持ち込まれていることにうすうす気づいていながら問題の真相をつきとめようとはしていないことを、強く印象づけられた。その後、ワシントンの合衆国当局者たちは、「現行の手続き」には装備にかんする慣行が含まれるものと解釈し、岸首相はこの解釈を無言のうちに受け入れているものと受けとめた。
一九六三年、当時権力の座にあった日本政府の指導者たちが、日本の領海に米艦船が核兵器を持ち込んでいることを把握しておらず、協議取り決めについてのわれわれの解釈を知っていないこと、そして、この解釈にもとづいた公式声明を理解していないことが明らかになった。そのため、ライシャワー大使は、この問題を大平外相と検討し直すこと、ただし第七艦隊の慣行については確認しないこと、という訓令をうけた。ライシャワー大使が一九六三年四月四日に大平外相と会談したさい、同外相は、「持ち込まれる(イントロデュースト)」ということの意味を合衆国側が使っているようには理解していなかったとのべたものの、日本の当局者としてはひきつづき「持ち込まれる(イントロデュースト)」ということばを用いるが、今後は、われわれ〔米側〕が「持ち込まれる(イントロデュースト)」という際に何を意味しているかを理解するだろう、とのべた。
このようにして、一九六〇年に岸首相との間に明示的な理解がなかったにもかかわらず、日本を通過(トランジット)する艦船や航空機に積載された核兵器の一時的な立ち寄り(プレゼンス)には協議取り決めは適用されないとする合衆国の立場が、「討論記録」の言い回しや、一貫した米側の実践、日本政府の一九六三年とそれ以降の的確な理解によって、正当なものとされている。
実際上、「装備における重要な変更」にかんする協議取り決めは、以下の点に限定されている。
(1)戦術核兵器または戦略核兵器の日本における配置(エンプレイスメント)または貯蔵(ストーレジ)
(2)中距離ミサイルまたは長距離ミサイルの配置(エンプレイスメント)または貯蔵(ストーレジ)
(3)それらの兵器のための基地建設
「核物質部分をつけていない短距離ミサイルを含む非核兵器(ノン・ニュクリア・ウェポンズ)の持ち込み」は、協議を必要とするものの範囲外とされ、核兵器積載の艦船や航空機の通過(トランジット)のための立ち入り(エントリー)もまた同じようになっている。しかし、日本政府がポラリス潜水艦の寄港に同意してこなかったこと、また、合衆国がこの問題を押し通そうとはしなかったことに注目する必要がある。「討論記録」によって保護されている「現行の手続き」には、核装備が公に認知されている艦船あるいは承認を必要とするほど核装備がきわだつ艦船の訪問は含まれていない、と主張することもできる。日本政府は、核兵器を日本の領海または港湾に公然と持ち込ませることに賛同を与えたことはない。
琉球諸島の米軍基地は現在、核兵器の貯蔵用に、また中距離ミサイルの拠点に使われている。そこには核兵器を装備した航空機が駐留しており、核兵器を積載した艦船(ポラリス潜水艦を含む)が定期的に寄港している。これらの〔核〕兵器を撤去させるか、もしくは、これらの慣行を変更させるような取り決めは、いずれにしても、琉球諸島における合衆国の作戦行動を根本的に変質させることになろう。幸いなことに、日本との基地取り決めの言い回しは、琉球諸島にまで適用が拡大されたとしても、こうした〔核〕兵器の撤去とかこうした慣行の中断を自動的に命じるものにはならないだろう。それどころか、琉球諸島が日本に返還されたら、諸取り決めの言い回しは、従来の装備と設備も、航空機と艦船にかんする現行の手続きも、協議取り決めの対象外とすることになりそうである。
交換公文も、「討論記録」も、核兵器それ自体にかんする協議を必要とはしていない。交換公文が必要としているのは、装備における「重要な変更」である。「討論記録」は、この言い回しが「核兵器の日本への持ち込み(イントロダクション)」を意味するものと説明しており、日本への部隊の配置や航空機と艦船の立ち入り(エントリー)にかんする「現行の手続き」に協議は影響を及ぼさないと明記している。これらすべての文言は、現状の維持を意図しており、将来における変更にかんしてだけ協議が必要であるとの趣旨である。したがって、琉球諸島における現行の配置や慣行は、相互安全保障条約とその関連諸取り決めの「字義どおり」の適用によって影響を受けることはないであろう。実際、琉球諸島の返還のおかげでいったん核兵器が日本に持ち込まれた(イントロデュース)なら、本土の基地にそうした〔核〕兵器を移動させるのに協議は必要とされない、という厳密な法解釈上の主張もなりたちうる。とはいえ、この推論は非現実的であり、誠実な対応ではないという非難を招きかねない。
われわれは、返還時に日本政府にたいし、琉球諸島における合衆国の核〔兵器〕行動を現在と同じように続けるのを認めるよう説得できれば、取り決めの文言を修正する必要はないだろうし、〔核兵器の存在についての〕公式の承認は必要ではないとの結論を引き出すことができるかもしれない。日本政府は、日本への琉球諸島の返還の自然の成り行きとして事態を説明することもできるだろう。文書による明確化はもちろん助けになるだろうが、どのような言い回しであっても、日本の後継政府の反対に直面した場合、合衆国の立場が守られるということはありそうにない。
(後略)
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