2011年11月3日(木)
「古典教室」不破社研所長の第9回講義
第3課 『空想から科学へ』(3章後半)
新鮮! 「未来社会論」
|
第9回「古典教室」が1日、党本部で開かれ、不破哲三・社会科学研究所所長が『空想から科学へ』の4回目、第3章後半の「未来社会論」について講義しました。
最初に「なぜいまマルクス、エンゲルスの社会主義論か」から話を始めました。
「世間では社会主義といえばソ連という見方がありますが、根本的な間違いです」と不破さん。
旧ソ連では、社会体制も内外政策も指導部の精神や考え方もすべてが社会主義と無縁だったというのが実感だったと語りました。ゴルバチョフ時代には、日本資本主義を調べに来た調査団が、「日本はソ連よりも社会主義的だ」と言い出したというエピソードも紹介して会場の笑いを誘い、そのソ連型「社会主義」のもっとも厳しい告発者が日本共産党だとのべました。中国やベトナムの「政治上・経済上の未解決の問題」(党綱領)にも触れて、「いま、社会主義というものを本当につかむには、マルクスやエンゲルスの原点に返ることが大事です」とのべ、本文の叙述にそって講義を進めました。
「生産手段の社会化」では生産者が主人公
エンゲルスは、資本主義社会の経済的衝突の解決には、「社会が社会的な生産力を公然と掌握すること以外にない」と書いています。これは、日本共産党がめざす「生産手段の社会化」のことです。
不破さんは、現代は地球温暖化や原発災害など、社会的な生産力が「社会がみずから管理する以外にはどのような管理も手におえない」ところにまで来ており、この矛盾はエンゲルスの時代よりも明瞭になっているとのべ、「ここでいう『社会』とは、生産者の集団、『共同社会に結合した生産者たち』のことです」と解説しました。
生産手段を社会化すると、どんな変化が起こるのか。エンゲルスは二点を指摘します。
一つは、「社会的生産の無政府状態に代わって、…生産の社会的・計画的規制があらわれてくる」、つまり、計画経済が可能になるということです。
ここで、資本主義社会では、“祭りが終わってから”、つまり経済的破綻が起こったあとで社会的知恵が働きはじめるが、共産主義社会では“祭りの前に”社会的理性が働くという、マルクスの言葉が紹介されました。
もう一つは、生産物の全体が社会のものとなり、「生産手段は社会が取得」するが、「生活手段、享楽手段は各人が個人的に取得する」ことです。これが社会主義の分配の原理で、日本共産党の綱領には「社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される」と明記されています。
次は、どうやって、「生産手段の社会化」を実現するか、についてのエンゲルスの解明です。不破さんは、(1)プロレタリアートによる国家権力の獲得、(2)生産手段の国有化(社会化)、(3)階級の区別の消滅、(4)国家の死滅という順序でその過程を説明しました。階級の区別がなくなると、国家という強制力がいらなくなって国家が眠りこむように「死滅」し、「共同の意志でルールを守る自治的な組織、社会が生まれるという見通しが出てきます」。
国家がなくなったあとの未来社会を、マルクスはよく「アソシエーション(結合社会)」という言葉で呼んでいますが、この言葉は、PTAの「A」と同じです。
エンゲルスは、ここで人類がこれまで歩んできた搾取社会の歴史をふりかえり、それは生産の発展が貧弱だった時代の必然的な結果であって、その社会がその時代なりの歴史的意義をもっていたと語ります。不破さんは、その実例として、「奴隷制がなければギリシャの文化もローマの帝国もなく、その時代がなかったら現代のヨーロッパもなかった」というエンゲルスの言葉も紹介しながら、「少し寄り道になりますが、日本の歴史を考える上でも大事な見方です」として、日本の歴史の問題に入りました。
受講生の興味をかきたてたのは、川中島の合戦や文字の形成過程を盛り込み語った、剰余労働と文化の発展の関係についてです。
日本では、「まるごと奴隷制」の時代に中国から漢字が入ってきました。奴隷制のごく初期には使いこなすことは容易ではありませんでしたが、当時の知的な勢力・文化人たちは漢字で日本語を書くために万葉仮名を編み出し、そこからさらに平仮名や片仮名をつくりだして、11世紀には、世界最古の長編小説『源氏物語』(紫式部)をうみだすまでになりました。「調べてみますと、東アジアの漢字文化圏で一番早く自分たちの文字を開発したのは日本でした」。会場に驚きの声が広がりました。
エンゲルスは、生産手段の社会化が、人間生活をどう変えるかに話を進めます。不破さんはその解説をしながら、まずエンゲルスが生産物の「積極的な浪費と大量破壊が取り除かれる」と強調していることに注目、「いまは長持ちする商品はつくらないのが原則。消費者に新製品を売り込むために、数年たつと買い替えが必要になる。こんな大量破壊は社会変革でなくなるんですよ」と語りました。
不破さんがとくに重視するのは、エンゲルスが人間生活の変化の中で、新しい社会では、社会のすべての人間に、豊かな生活と同時に、「肉体的、精神的素質の完全で自由な育成と活動を保障するような生活」が確保される、としていることです。すべての人間が、自分の力を自由に発達させることができるようになる、「資本主義社会では利潤第一主義が発展の原動力でしたが、社会主義社会では、人間の全面的な発達が社会発展の最大の推進力になる。ここに人類社会の発展における新しい社会の何よりの意義があるのです」。不破さんはこうのべて、このことが日本共産党の綱領の強調点であることも紹介しました。
最後にエンゲルスが語るのは、社会変革によって開かれる未来社会の壮大な展望です。人間が社会との関係でも、自然との関係でも、外的な力の支配から解放され、本当に自由な発展が可能になる。それをエンゲルスは「必然の国から自由の国への人間の飛躍である」と印象的な言葉で表現しました。不破さんは「エンゲルスはここで、『自由の国』という言葉を、人間が外力の支配から解放されて自由に発展する、という意味で使っています。あとで説明することですが、マルクスは同じ『自由の国』の言葉を別の意味で使います。これをごっちゃにしないで、それぞれの意味をよくつかんでください」と説明をくわえました。
「真の自由の国」ですべての人間の能力が発達
講義の後半では、マルクス、エンゲルスが他の文献で論じた未来社会論について、「生産手段の社会化」「過渡期」「未来社会における人間の発達」の三つの柱で話をすすめました。
第一の柱は、「生産手段の社会化」です。ここでは、若きマルクス、エンゲルスが執筆した『共産党宣言』(1848年)、インタナショナルの活動のなかでのマルクスの文章「土地の国有化について」(1872年)、フランス労働党の依頼でマルクスが執筆した「フランス労働党綱領・前文」(1880年)が紹介されました。
不破さんは、最初の『宣言』では生産手段の社会化が「すべての生産用具の国家の手への集中」と、国家との関係で表現されましたが、マルクスがその後の文献で「国有化」という言葉をほとんど使わず、「社会化」、あるいは生産者による「集団的取得」、あるいは「共同所有」という言葉を使っていることを説明。生産手段の社会化が、情勢と条件に応じて多様な形態をとりうるという点が重要だと指摘しました。
「過渡期論に歴史あり」。第二の柱は「過渡期」の問題です。これは資本主義社会から社会主義・共産主義の社会に進むプロセスにかかわる問題で、理論的・実践的な探求のなかでマルクスの認識と見解が大きく発展したのが特徴です。この過渡期の問題は『空想から科学へ』では触れられていない問題でした。
不破さんは『資本論』第1部(1867年)の記述を引用し、この時期のマルクスは“資本主義の中で社会的生産が発展しているのだから、労働者が権力を握れば社会主義への移行には、資本主義の成立の時期ほどの時間はかからない”と考えていたと語りました。
しかし、労働者が政権を握ったパリ・コミューンを研究したマルクスは認識を発展させます。
『フランスにおける内乱』第1草稿(1871年)の該当箇所を一文ずつ解説した不破さん。生産の社会的形態は一応できあがっていても、それは資本が社会的生産を指揮・監督する形態であって、まだ労働者自身が共同する形態になっていないこと、形の上で「生産手段の社会化」を実現しても、それだけではまだ生産の社会主義的な形態に到達したことにはならないことを説明しました。
「社会的な生産を『奴隷制のかせ』から解放してこそ、本当に労働者が自覚的に共同する『生産者が主人公』といえる生産形態をつくりあげることができるわけで、それまでには、『既得権益や階級的利己心』などから来る抵抗を乗り越えることを含め、多くの努力や闘争が必要になるでしょう。マルクスはそこまで考えて、資本主義社会から社会主義社会への移行には、おそらく資本主義の成立期と同じくらいの時間がかかるだろう、という新しい結論を打ち出したのです」
ソ連の経済体制は、マルクスの展望とはまったく逆の道を進んだものでした。「国有化」や「集団化」の形はあっても、実態は資本家の指揮・監督が国家と官僚のそれにかわっただけで、生産者は無権利の地位に追い込まれていました。そこにもソ連崩壊の大きな要因がありました。
不破さんは「『生産者が主人公』にならなければ社会主義とは言えない」と強調。日本共産党の綱領第5章では、生産手段の社会化について「多様な形態をとりうる」とのべつつ「生産者が主役という社会主義の原則を踏みはずしてはならない」と明記していると話しました。
不破さんは最後に、マルクスの『ゴータ綱領批判』(1875年)を取り上げました。
ここでマルクスは初めて、資本主義社会から共産主義社会への移行には「一方から他方への革命的な転化の時期」、それに対応する「政治的な過渡期」がある、という考えを定式化しました。この見解の根底には、『フランスにおける内乱』の草稿でとりくんだ転化の過程のたちいった研究がありました。
不破さんは、この過渡期の理論をよく研究することは、今日、「社会主義をめざす」国々の現状と将来を見る上でも重要だと、その意義を強調しました。
第三の柱は、未来社会と人間の発達の問題です。これは、『空想から科学へ』ですでに勉強してきた問題ですが、マルクスは、『資本論』の中でさらに突っ込んだ解明を行いました。
未来社会でも生活の必要や社会の維持・発展のために義務として労働が必要であり、搾取社会と違って合理的で人間らしい働き方をしたとしても、それは物質的生産という「必然の国」の中のことだとマルクスは指摘しています。
マルクスは、義務としての労働から解放され、時間を自由闊達(かったつ)に使い自分自身を発達させるところに本当の人間の自由=「真の自由の国」があり、そこに社会主義社会の深い意義があることを見いだしていました。その根本条件となるのが労働時間の短縮です。
不破さんは、いまの綱領を採択した時、青年の集会でこういう角度から未来展望を話したと紹介しました。
「資本主義社会では生産力が発達しても労働者は楽にならず、『人減らし』で失業者が増える」。1960年からの41年で鉄鋼の生産が4・6倍に伸びる一方で、労働者が30万人から18万人に減った事例をあげました。「社会主義社会になったらどうなるか。30万人でその仕事をすれば労働時間を4割減らせることになる。週5日制なら週3日制にできるんです」。「自由の国」の展望に、参加者から「すごい」と感嘆の声が漏れました。
「いまは限られた人だけが知的活動をしていますが、すべての人間が知的活動をすれば社会は何倍もの発展ができる。それを社会発展の原動力にするのが未来社会。マルクスはそこまで見極めたんですね」
マルクスが理論的なひらめきで『資本論』に書きこんだ大きな展望が、党綱領にも込められていることを紹介し、講義を締めくくりました。