2012年5月11日(金)
橋下「改革」で教育どうなった
徹底した競争原理を導入した「教育基本条例」、「君が代」の強制や口元調査、教員不足で授業に穴があく異常事態…。「教育日本一」を掲げてきた橋下徹大阪市長と「大阪維新の会」のもとで、大阪の教育はどうなっているのか。その実態と日本共産党大阪府委員会の教育改革の提言でみてみます。
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競争 選別主義持ち込み
生徒数で高校つぶし 卒業生らに怒りの声
橋下氏の「教育改革」の方向の一つは、学校を競争の場にする競争主義・選別主義の持ち込みです。
その象徴といえるのが3月府議会で可決された「府立学校条例」。3年連続定員割れの府立高校を「再編整備の対象とする」と明記しました。
日本共産党や民主団体による条例反対の宣伝や署名でも、とくに批判や不安の声が寄せられました。
京橋駅前では、高校生のグループが「ええっ、高校に行かれへん子が増えるのはあかん」と声をあげ、署名。定員割れが続いている府立高校をこの春卒業した山下弘樹さん(19)=仮名=は、「ここにいていいんやと思えた、この高校がなかったら今の自分はなかった。橋下市長に直訴したいくらい」と怒りを抑えて語りました。
ところが、橋下氏は「選ばれなかった学校は退場してもらう」「選ばれなかった学校が自分たちには存在意義があると言い続けるのはおかしい」と平然と言い放ちます。
定員割れの学校の多くは、いわゆる“困難校”や交通の便の悪い学校です。今年度は138校(昼間の学校)のうち17校が定員割れとなっています。橋下流の高校つぶしは、教育とは無縁の効率主義であり、弱い立場の子どもたちと不利な地域の学校の切り捨てです。
私立高校無償化でも学校間競争をあおる
橋下流の高校つぶしは、私立高校の授業料無償化(年収610万円まで無料、2011年度)でも貫かれています。
授業料無償化そのものは、多くの保護者の願いや粘り強い運動に押されたものですが、橋下氏は「生徒が集まらない学校は退場してもらう」とのべ、公立、私立を同じ条件で生徒の獲得競争に走らせることを狙います。
私学への経営補助(経常費助成)を全国基準より1割削減。そのうえ、教育条件の改善や学費を低く抑えている学校への加算をやめ、生徒数に応じて配分する基準に変更しました。私学は募集定員を大幅に超える高校と定員割れが続く高校に二分化しました。定員超過の学校では45人学級の詰め込みや、教員の多忙化、非正規教員の増加などの事態が起こっています。
大阪私学教職員組合の岩井繁和書記長は「公立・私立間に市場主義的な生き残り競争のシステムがつくられました。選択の自由と競争・自己責任を原則とする新自由主義の政策によって大阪の高校全体を縮小しようとしている」と批判します。
小中学校にも選択制 学力テスト公表迫る
橋下市長は市内の小中学校にも、学校選択制と学力テスト結果の学校別公表で、「競争」を持ち込もうとしています。
08年、全国いっせい学力テストで大阪府が2年連続低位だったことで「このざまはなんだ」と激怒し、市町村別に学力テストの結果公表を迫ったのに続いて、今度は学校別公表まで狙っています。
同時に、橋下氏は「自立する個人、自立する地域という価値観を徹底するためにもどうしても必要」とのべ、学校選択制の導入を方針にしています。
全国で学校選択制を実施している自治体は1割強。教育内容と無関係に学校が選ばれ、一部の学校に人気が集中するなどとして、東京都杉並区が4年後の廃止を決めました。橋下氏の方針は、この見直しの流れに逆行しています。
大阪市でも各区主催の「学校教育フォーラム」で参加者から質問や批判が噴出しています。
ところが、橋下氏は選択制の導入は区ごとに8月に就任する公募区長が決めるとしています。「保護者の選択にさらして自然に統廃合を促す手法として学校選択制がある」と小学校の統廃合の促進を狙っています。
同市では全市立小学校の約3分の1にあたる101校が小規模校として統廃合の対象とされています。
統制 公然政治介入狙う
憲法の原則にも違反 戦争美化勢力が共鳴
橋下流「教育改革」のもう一つの方向は、政治による教育への支配と統制を強めることです。
2011年9月、橋下氏が率いる「維新の会」は、教育の目標は首長が設定するという「教育基本条例案」を提出しました。3月の府議会で可決された修正後の条例(「府教育行政基本条例」「府立学校条例」)も根幹は変わらないものです。
橋下氏は“選挙で勝った者が、教育の目標を決めるのは当たり前だ”といいます。
しかし、これこそが、「政治権力は教育を支配してはならない」という憲法の教育についての原則に違反したものです。
最高裁は1976年の全国学力テスト判決で、教育は「本来人間の内面的価値に関する文化的な営み」で、「党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきでない」とし、「教育内容に対する国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請される」と明確に述べています。
ところが橋下氏は、府民の教育への不満や「橋下人気」を最大限利用して、露骨な政治支配、競争原理の徹底と脅しや統制という、時代逆行の教育体制を持ち込もうとしているのです。
「教育基本条例案」を練った「維新の会」の坂井良和大阪市議(弁護士)は「朝日」(11年10月10日付)のインタビューで、「理想とする教育モデル」を聞かれ、「サッチャー改革」と回答。「英国の改革は格差も拡大した」と指摘されても「私は格差を生んでよいと思っている」と開き直っています。
こうした橋下・「維新」の姿勢は、失敗したサッチャーの「教育改革」を持ち上げてきた日本の侵略戦争美化勢力とも共鳴しあうものです。
2月26日に大阪で開かれた集会では、安倍晋三元首相と松井一郎知事が同席し、意気投合。侵略美化教科書の採択運動にとりくむ「日本教育再生機構」の八木秀次理事長が「条例案は安倍先生の志を受け継ぐもの。大阪の動きは『戦後レジームからの脱却』の大阪版」と激賞しました。
「君が代」で口元調査 保護者への説明会も
この春、「君が代」斉唱時に不起立の教員がでた大阪市内の中学校で、校長が保護者説明会を開催するという事態が起こりました。
市教委によると、説明会に参加した保護者は70人程度。不起立の教師が「混乱を招いた」とおわびしたといいます。
「説明だけかなと思って行ってみたら、全然違っていて、えーっと思いました」というのは保護者の坂口直子さん(仮名)です。
「『ルールを守らないなら教師をやめろ』という人もいました。学校側は『式をぶち壊した』といいましたが、なんの混乱もなかったし、生徒たちも頑張った。卒業式は誰のためのものかと思いました」
大阪市と府が入学・卒業式などで「君が代」の起立斉唱を教職員に強制する条例(君が代強制条例)を強行(府が昨年6月、市が今年2月)したことで、事態はエスカレートしています。
起立しない教員がでたある府立高校の卒業式。来賓の「維新」府議が祝辞そっちのけで「ルールを守れない教員がいることをおわびします」と発言。ブログでも「残念な卒業式」と書き、卒業生らから「あんな失礼なあいさつをした人は初めて」「最後の思い出の卒業式をぶち壊された」と抗議が殺到しました。
橋下氏の友人で府立和泉高校の中原徹校長が卒業式で教員の口元をチェックし、「君が代」を歌っていない教員がいたことを橋下市長らにメールで報告。作家の赤川次郎氏は「朝日」投書(東京本社版4月12日付)で、痛烈に批判しました。「生徒のためのものであるはずの卒業式で、管理職が教師の口元を監視する。何と醜悪な光景だろう! 橋下氏は独裁も必要と言っているそうだが、なるほど『密告の奨励』は独裁政治につきものである」
「君が代」は、「日の丸」とともに侵略戦争の象徴として扱われた歴史から国民に強い批判があり、強制することは憲法19条の思想・良心の自由、内心の自由への重大な侵害です。「公務員の規律の問題」「いやなら公務員をやめろ」とすり替える橋下氏の論法も成り立ちません。
予算 大幅削減で“授業に大穴”
橋下府政での教育費の動きを決算ベースでみると、08年2月就任時の約7406億円(07年度)から10年度の約6464億円へと約942億円も減らされたことがわかります(グラフ)。
そのもとで、ここ数年、大阪では小中学校で授業をする先生が長期に配置できない“教育に穴があく”事態が、全国でも突出した形で広がっています。
A中学校「3年生の理科の先生が病気で休み、1年生の先生で対応した。1年生は他の科目で埋めている」
B中学校「病休中の数学の先生の代わりが見つからず、校長が数学を教えている」
C小学校「5年生の担任が配置できず、教頭が代行している」
これは、必要な正規教員を採用しないためにおきたことです。橋下知事が正規の教員を減らし、臨時の教員を大量に雇用した結果、いざというときの臨時教員の登録者数が底をついてしまったといわれています。
実際、常勤として1年任期で働く非正規の「定数内講師」は08年度の2719人から11年度の3732人へと急増しています。
大阪教職員組合(大教組)の調査によると、教員の数と子どもの数との比較で、大阪の教員は全国平均より5429人も少なくなっています。
少人数学級の進展という点でも、この4月から大阪が全国でも最も条件が悪い府県の一つとなりました。
大教組の小林優書記長は「子どもたちのための教育条件をボロボロにしておいて、教職員攻撃をやっているのが橋下さんです」と話します。
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日本共産党
主人公は子どもたち――大阪府委が教育改革提言
日本共産党大阪府委員会は4月17日、教育改革提言「教育の主人公は子どもたち―みんなで力をあわせて、子どもを人間として大切にする教育を」を発表し、「ぜひご意見をお寄せください」と対話をすすめています。
提言では府「教育基本条例」「職員基本条例」の撤廃と市議会に提出されている条例案の廃案を要求。その上で、大阪の教育をよくするために六つの提案を行っています。
一つ目は、「2条例」の具体化をやめさせ、「教育振興基本計画」を、少人数学級や学校耐震化など教育条件整備の計画とし、教育内容への介入を行わせないようにすることです。
公立高校の学区廃止や府立高校つぶし、小中学校の学校選択制の導入や各校の学力テスト平均点の公開はやめさせます。
二つ目は、すべての子どもに学力を保障することです。
授業をする先生が長期に配置できないという異常事態を緊急に是正し、正規教員を増やします。授業についていけない子を丁寧にみる教員を配置するとともに、小中学校の35人学級も早く完成させるよう提案しています。
三つ目は、経済的な理由で学業を断念する子どもがでないようにすることです。高校授業料無償化の継続、大阪版「給付制奨学金制度」の創設を提案しています。
四つ目は、子どもを真ん中に保護者、教職員らが力をあわせる、風通しのいい学校改革をすすめることです。
五つ目は、教育委員会制度の改革です。
教育委員は選挙で選び、子ども・教育関係者で構成する教育会議も設置します。
六つ目は、「日の丸・君が代」を強制しないルールの提案です。
卒業式が子どものために営まれるよう、(1)国旗・国歌をどう扱うかは各学校で決める、(2)国歌斉唱を決めた場合も強制でなく「歌わない自由」を保障する、の二つのルールを憲法の立場から提案しています。