2024年11月16日(土)
きょうの潮流
明治期に日本を旅したイギリスの旅行家イザベラ・バードは山形県小松町(現川西町)に宿をとり、周りの豊かな田園地帯を「東洋のアルカディア(楽園)」とたたえました。その約半世紀後の1934年、井上ひさしさんは小松町に生まれました▼34年は時代の変わり目でした。28年には改造社からマルクス・エンゲルス全集が大々的に売り出されていたのに、35年になると天皇機関説事件が起きて自由にものが言えなくなっていきます▼ひさしさんは国民学校で「おまえたちは20歳になったら死ぬんだぞ。覚悟しておけ」と教えられて育ちました。そして敗戦。一度もついたことのなかった街灯が明るくともった日のことを本紙で語っていました▼「外で遊んでいて、うす暗い町の通りに明かりがついたとき、あっ、これで生きられると思いました。つまり、好きなように生きていいんだという実感があった。あれは感動的な光景でした」(2008年1月4日付、憲法学者の樋口陽一さんとの対談で)▼作家になり、小説や戯曲に反戦の思いを込め、九条の会の先頭に立った井上ひさしさん。きょうは生誕90年です。東京では代表作の一つ「太鼓たたいて笛ふいて」が公演中です(30日まで紀伊国屋サザンシアターで、12月から全国巡演)▼戦争協力を反省し、戦後は反戦小説を書き続けた林芙美子の評伝劇。芙美子の死を悼む幕切れの歌を、ひさしさんに捧(ささ)げたい。「あなたの/いくつもの本は 大きくはばたくでしょう/いまもこれからも」